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東京高等裁判所 昭和57年(ネ)3035号 判決

控訴人 吉永光治

被控訴人 野口秀昭

主文

一  原判決を取り消す。

二  訴外北村道也と被控訴人との間において原判決別紙物件目録記載の建物について昭和五六年八月二一日付で締結された代物弁済契約を取り消す。

三  被控訴人は、前項の建物についての千葉地方法務局船橋支局昭和五六年九月二日受付第四四〇六一号所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

四  訴訟費明は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた判決

一  控訴人

主文同旨

二  被控訴人

本件控訴を棄却する。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1(一)  訴外北村道也(以下「北村」という。)は、昭和五五年一二月二六日訴外京葉信用組合(以下「組合」という。)から、五〇〇万円を、最終分割弁済期昭和五八年一二月二五日、弁済方法昭和五六年一月から毎月二五日限り一三万八〇〇〇円ずつ分割弁済し、最終分割弁済期日に残額を完済、利息年八・六パーセント(毎月二五日限り翌月二五日までの分を前払い)、債務者が一部の履行を遅滞した場合債権者の請求により期限の利益を失う旨の約定で借り受け、控訴人は、北村から委託を受けて、前同日、組合に対し、右債務を連帯して保証することを約した。

(二)  北村は、昭和五四年五月二五日、訴外国民金融公庫(以下「公庫」という。)から、三五〇万円を、弁済方法同年七月から毎月二〇日限り一〇万円ずつの三五回分割弁済、利息七・一パーセント(元金支払日に併せて支払う)、債務者が右債務の履行を一回でも遅滞したときは期限の利益を失う旨の約定で借り受け、控訴人は、北村から委託を受けて、前同日、公庫に対し、右債務を連帯して保証することを約した。

(三)  北村は、金額を一〇五万円とする持参人払式小切手二通(一通は、「支払地及び振出地 船橋市、支払人 千葉信用金庫三山支店、振出日昭和五六年八月一七日、振出人 北村道也」と記載され、他の一通は、振出日 昭和五六年八月二五日とあるほかは右の記載と同じ。)を振出した。控訴人は、右小切手の所持人として、昭和五六年八月一七日及び同月二五日にそれぞれ支払人に各小切手を呈示したが、いずれも支払を拒絶されたので、支払人に右各小切手にそれぞれ右呈示した日付をもつて拒絶宣言の記載をさせた。

2  北村は、昭和五六年八月二一日付で、同人所有の原判決別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を被控訴人に対する一五〇〇万円の債務の弁済に代えて被控訴人に譲渡し(以下「本件代物弁済契約」という。)、同年九月二日、売買を原因とする所有権移転登記をした。

3  本件代物弁済契約当時、北村は、本件建物を除いては他に見るべき財産はなく、前記1の(一)の債権者である組合、前記1の(二)の債権者である公庫、前記1の(三)の債権者である控訴人ら一般債権者の債権を満足させることができなくなるのを知りながら、被控訴人と通謀して優先的に被控訴人の債権を満足させる意図をもつて本件代物弁済契約を締結したものである。

4(一)  北村は、1の(一)の債務の一部しか履行しなかつたので期限の利益を喪失し、控訴人は、昭和五六年九月二一日、組合に対し、保証債務の履行として四〇五万九六六二円(元金四〇三万四〇〇〇円、利息二万五六六二円)を支払い、北村に対する求償債権の範囲で組合に代位することとなつた。

(二)  北村は、1の(二)の債務の支払を一部しかしなかつたので期限の利益を喪失し、控訴人は、昭和五六年九月一七日、公庫に対し、保証債務の履行として一〇一万二三四九円(元金一〇〇万円、利息一万二三四九円)を支払い、北村に対する求償債権の範囲内で公庫に代位することとなつた。

5  よつて、控訴人は、被控訴人に対し、右4による組合及び公庫の法定代位者並びに1の(三)の債権者として、詐害行為取消権に基づき、本件代物弁済契約の取消及び前記所有権移転登記の抹消登記手続を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因lの(一)ないし(三)の事実は不知。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実中、本件代物弁済契約当時北村に本件建物以外に見るべき財産がなかつたことは認めるが、北村が被控訴人と通謀したことは否認し、その余は不知。

被控訴人は、北村から原判決別紙約束手形目録記載の約束手形二八通の振出又は裏書を受けて同人に対し合計二八〇三万円を貸し渡し、また、昭和五六年七月一五日七〇万円、同月二四日三〇万円、同年八月四日四〇万円、同月五日五〇万円、同月七日五〇万円、同月一七日一〇万円、同月二〇日一一〇万円合計四五〇万円を貸し渡した。本件代物弁済契約は、右債務のうち一五〇〇万円の弁済に代えてされたものであり、本件建物の価額は一五〇〇万円を超えることはないから、本件代物弁済契約は詐害行為にあたらない。

4  同4の(一)、(二)の事実は不知。

三  抗弁

被控訴人は、本件代物弁済契約当時他に債権者のいることを知らず、本件代物弁済契約が他の債権者を害することを知らなかつた。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実は否認する。

第三証拠

原審及び当審記録中の書証目録、証人等目録の記載を引用する。

理由

一  成立について争いのない甲第一号証の五及び六、第二号証の四及び五、原審における控訴人本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第一号証の一ないし三、第二号証の一並びに右控訴人本人尋問の結果によれば、請求原因1の(一)ないし(三)の事実を認めることができる。

二  請求原因2の事実は、当事者間に争いがない。

三  そこで、本件代物弁済契約が詐害行為となるかどうかについて判断する。

1  原審における被控訴人本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したと認められる乙第一号証の一、二、第二号証の一ないし三、第三号証ないし第八号証の各一、二、第九号証、第一〇号証の各一ないし四の各一、二、第一一号証の一ないし三、第一二号証ないし第二二号証の各一、二、第二三号証ないし第三一号証(乙第一一号証の一ないし三、第一三号証ないし第一六号証の各一、二、第一八号証ないし第二二号証の各一、二を除いては原本の存在及びそれが真正に成立したと認められる。)によれば、被控訴人は北村から原判決別紙手形目録記載の各約束手形の振出又は裏書を受けて右手形金額に相当する金員を北村に貸し渡し、昭和五六年八月末日までに貸渡した分の金額の合計は二二六〇万円にのぼること(原判決別紙手形目録番号一ないし八、一六ないし一九の各手形の振出日及び支払日の対応から考えて、番号一六、一八、一九のほか二四、二六は同年九月以降に振出されたものと認められる。)、右のほか被控訴人は北村に対し、同年七月一五日七〇万円、同月二四日三〇万円、同年八月四日四〇万円、同月五日五〇万円、同月七日五〇万円、同月一七日一〇〇万円、同月二〇日一一〇万円、合計四五〇万円を貸し渡したこと及び本件代物弁済契約は、北村が被控訴人に対して昭和五六年八月末日までに負つた右二七一〇万円の債務(本件代物弁済契約が同年八月二一日付でなされたことは当事者間で争いがないが、実際にこれが行われたのは、後記認定のように同年八月末日ころであつたと認められる。)のうち一五〇〇万円の支払に代えてなされたものであることを認めることができる(本件代物弁済契約が北村に対して負う一五〇〇万円(ただし、特定されていないので、弁済の法定充当によることとなる。)の債務の支払に代えてなされたことは、当事者間に争いがない)。そして、成立について争いのない乙第三三号証及び原審における被控訴人本人尋問の結果によれば、本件建物の昭和五六年八月末日ころにおける価額は一五〇〇万円を超えるものではないことが認められる。

2  右認定の事実によると、本件代物弁済契約は、譲渡される本件建物の価額がそれにより消滅することになる被控訴人に対する債務額を超えない範囲で行われたものというべきである。

しかしながら、本件建物を除いて北村にはみるべき財産のなかつたことは当事者間に争いがないところであるから、本件代物弁済契約によつて被控訴人以外の一般債権者がその債権の満足を全く受けることができなくなることは明らかである。したがつて、前記のような代物弁済契約であつても、債務者が他の債権者を害することを知りながら特定の債権者と通謀してその利益を図る目的でした場合には、詐害行為となるものと解される。そこで、以下この点について更に検討する。

3  前記一認定の事実、原審における被控訴人本人尋問の結果及び右本人尋問の結果により真正に成立したと認められる乙第三四号証によると、北村は、昭和五六年八月末日当時、被控訴人以外にも、組合、公庫、訴外千葉信用金庫に金銭債務を負つていたことが認められ、右当時本件建物を除いては北村にみるべき財産がなかつたこと及び本件建物の価額が被控訴人の債務額にも満たないものであつたことは前記のとおりであるから、北村は、代物弁済契約当時、本件代物弁済契約により被控訴人以外の右各債権者の債権を全く満足させることができなくなることを知つていたことは当然である。

4  被控訴人は、本件代物弁済契約当時北村に他の債権者のあることを知らず、本件代物弁済契約が他の債権者を害することを知らなかつたと主張し、原審における被控訴人本人尋問においてこれにそう供述をしている。

しかしながら、前記1認定の事実、前記乙第三四号証、成立に争いのない乙第三五号証、原審における控訴人本人尋問の結果及び原審における被控訴人本人尋問の結果(前記供述部分及び後記措信しない部分を除く。)を総合すると、次の事実を認めることができる。

(一)  北村は、もと被控訴人の住居の斜め向いに居住し、被控訴人とは、昭和四五年ころから家族ぐるみ交際を続け、極めて親密な間柄であつた。

(二)  北村は三共設備工業の名称で水道関係の設計、設備工事等の業務を営んでいたが、本件代物弁済契約が締結されるしばらく前から事業不振で家に居ることが多く、被控訴人も北村が仕事を行わず家に居ることの多いことを知つていた。

(三)  昭和五六年六月ころ、被控訴人は、北村が千葉信用金庫から五〇〇万円を借りる際その委託を受けて連帯保証人となつた。

(四)  被控訴人は、北村に対し、かなり以前から事業資金として金員を貸与していたが、昭和五六年七月から八月にかけてその回数も頻繁となり、北村が営業資金に窮していることを察知しうるような状況にあつた。

(五)  昭和五六年八月二五日、北村は請求原因1の(三)記載の控訴人に対する債務等の支払ができず倒産状態となつて行方不明となり、控訴人は同日、被控訴人は同月二八日、北村の行方不明を知つた。その後同月二九日朝三重県の実家にいた北村から電話で控訴人方に連絡があつたので、控訴人は北村に帰京するよう説得し、これに応じて北村は同日午後控訴人方を訪れた。控訴人はかねて被控訴人から北村に対し貸金のあることを告げられていたので被控訴人に北村が現われたことを知らせてその来訪を求め、控訴人方において、北村、控訴人、被控訴人が北村の債務及び同人の今後の身の振り方などについて話し合つた。その席上北村は本件建物が唯一の財産であるから控訴人と被控訴人との間でこれを分けるよう申し出たが、控訴人は北村に対し本件建物に住んで控訴人の仕事を手伝うよう勧めた(被控訴人は原審における本人尋問において、右会合の際には北村の債務の話は全く出なかつた旨供述しているが、北村の行方不明となつた原因、北村が控訴人方に現れ同所において会合が開かれたこと、被控訴人も連絡を受けてこれに参加していること等右会合の開かれるに至つた経緯から考えて、詳細な金額の点はともかく北村の被控訴人及びその他の者に対する債務の話が全く出なかつたとは考えられず、右供述は措信することができない。)。

(六)  以上(一)ないし(五)の事実を総合すると、前記被控訴人の供述はたやすく信用できず、かえつて、被控訴人は、昭和五六年八月末日ころには、北村に控訴人、千葉信用金庫等他の債権者がいることを知つていたものであり、本件代物弁済契約が他の債権者を害することになるのを知つていたものと認めるのが相当である。

5  そして、右3、4で認定したところに、(一)前記認定の事実から明らかな北村と被控訴人が極めて親密な関係にあつたこと及び被控訴人の北村に対する事業資金の貸付が他の債権者のそれに比較して長期間にわたりかつ格段に多額であつたこと、(二)原審における被控訴人本人尋問の結果によると、前記4の(五)の会合後北村と被控訴人は一緒に控訴人方を辞去し被控訴人方で話し合つていることをあわせ考えると、北村は、昭和五六年八月二九日の控訴人方での会合後、被控訴人と相はかつて、同年八月末日ころ、同人に対する債務を優先的に満足させるため、同人に対する債務のうち一五〇〇万円の支払に代えて本件建物の所有権を移転することとし(もつとも、本件代物弁済契約が昭和五六年八月二一日付で行われたことは当事者間に争いがなく、前記被控訴人本人尋問の結果により北村と被控訴人とにより作成されたと認められる乙第三二号証によれば、右日付で北村と被控訴人との間に本件建物の売買契約書が作成されていることが認められるところ、被控訴人は右本人尋問において右売買契約書は右日付の日に作成されたものである旨供述している。しかしながら、右売買契約書(乙第三二号証)は、その体裁からみて容易に作成日付をさかのぼらせて記載することが可能なものと認められること、前記4の(五)認定の事実によると前記昭和五六年八月二九日の控訴人方での会合において北村は控訴人及び被控訴人に対し本件建物を両名で分けてほしい旨申し出ていることが認められること並びに原本の存在及び成立に争いのない甲第七号証の四及び五によると、本件代物弁済契約に基づく(ただし登記原因は売買)所有権移転登記申請の際使用された被控訴人の住民票は昭和五六年九月二日付、北村の印鑑登録証明書は同年八月三一日付のものであると認められることをあわせ考えると、前記被控訴人の供述は措信することができず、前記売買契約書は昭和五六年八月末日ころ作成日付をさかのぼらせて作成したものと認めるのが相当である。)、同年九月二日、売買を原因とする所有権移転登記をしたものと認めるのが相当である(本件建物の所有権が北村の被控訴人に対する一五〇〇万円の債務の弁済に代えて移転されたこと及び昭和五六年九月二日、売買を原因とする所有権移転登記がされたことは、当事者間に争いがない。)。

6  以上によれば、本件代物弁済契約は詐害行為となるものというべきである。

四  原審における被控訴人本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したと認められる甲第一号証の四、同第二号証の二、三によれば、請求原因4の(一)、(二)の事実が認められ、控訴人は、北村に対する求償債権の範囲で、組合及び公庫の本件代物弁済契約がなされた前に発生した組合及び公庫の債権について代位することになつたものであるから、詐害行為取消権を行使することができることは明らかである。

五  以上判断したところによると、控訴人の本訴請求はいずれも理由があり、これと趣旨を異にする原判決は失当であるからこれを取り消し、控訴人の請求を認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九六条、第八九条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 香川保一 越山安久 村上敬一)

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